優しいドーベルマンとの生活

我が家の愛するワンちゃん、その8

優しいドーベルマンとの生活

 

スペース1

 

記憶の最初から

 

私のこれまでの記憶の一番最初には、既に自分より大きなドーベルマンがいます。
彼の名前はアルフレッド。

 

アル、アルちゃんと家族や友人から呼ばれ、お友達も多い優しい子でした。

 

外飼いだったアルは、近所の幼稚園のお散歩に挨拶をし、庭からリビングや台所を覗いては、目をきらきらと輝かせて短く切られた尻尾をぴょこぴょこと振る、愛想のいい大きなドーベルマンです。

 

ヨーロピアンドーベルマンの男の子の平均体重は45キロ程度ですが、アルは50キロ近くまで育ったとても大きな子でした。
横ではなく、縦にですよ、縦に。

 

そんな大きな体に似合わず優しい目、矯正しきれずいつも地面と平行な耳は、一般的なかっこいいドーベルマンのそれとはだいぶ違っていました。

 

命についての考え方

 

私の当時の家族構成は父、母、長兄、次兄、私の5人にアル、途中から保護猫のちゃっぴーでした。

 

 

3兄弟ともにアルのことが大好きで、兄2人は弟のように、私は兄のように、アルを慕っていました。

 

両親も同様に、アルのことを愛していました。
私の記憶のある頃にはアルの躾は行き届き、パピーを過ぎて落ち着いていたのもあったので、私や兄がリードを持って親を待つ、なんてシーンもしばしばありました。

 

さすがにお散歩では、はしゃいだアルに比べて圧倒的に人間の子どもでは力が足りないので一人でリードを持たせてもらったことはありませんでしたが……。
アルのための広い庭で、春は虫から逃げ、夏はホースで水遊び、秋は一緒にお芋さんを食べ、冬は雪遊び。

 

外遊びといえばアルがいて、それが当たり前でした。当時の私たち兄弟の夏休みの日記なんかには、いつもアルがいました。

 

長兄は一番アルから遠いように感じていましたが、アルが亡くなり、現在に至るまで、月命日には必ず納骨堂に行っているようです。
深く関わって失った時の悲しみを一番深く抱えるタチなのでしょう。

 

アルが亡くなった後、長兄はもう動物は迎えたくないと考えていました。
次兄はどうだったかわかりませんが、おそらく長兄に近い考えだったと思います。

 

私はというと、別の子を迎えてもいいのではないか、迎えたいと考えていましたが、先述のとおり、家族全員が前向きでない以上それは叶いませんでした。
幼いながらに命を迎える条件を飲み込んでいた私は、アルのあとに残されたちゃっぴーと精一杯幸せに過ごそうと決めたのでした。

 

スペース2

 

私とアルフレッド

 

さて、アルと私の話に戻りましょう。
アルは当時の私より少し目線が高いくらいでした。

 

体重も3歳当時の私の3倍弱くらいあったのではないでしょうか。
当時の写真を見るたびにアルって大きかったなあと思います。

 

170センチある母と並んでも大きく、その母の肩に前足をかけてじゃれていたのですから。
アルはさすがドーベルマンというのか、気配や音、匂いで察知していたのでしょう、私や家族が庭に遊びに出たり、台所でアルのおやつを作ったりしているとすぐに駆け寄りとびついてきました。
はい、お察しの通り、自分より数倍大きなアルに飛びつかれた小さな私はころんころんと簡単に転がされてしまいます。
あるいは、後ろに倒れてそのまま顔中よだれまみれにされます。

 

私はそれがたまらなく愛おしくて、楽しかったのを今でも覚えていますし、今でも大型犬に顔中よだれまみれにされることに抵抗はないどころか、求めてさえいます。
ただ、アルがはしゃいで私が転がるたびに、彼はごめんねと言うようにまた駆け寄っては様子を見守ってくれていました。

 

本当に優しい子だったのです。
今になって思えば、私がそう思えたのも、彼がそんなふうに、人間が自分より弱いことをしっかりと自覚していたことや、両親やドッグスクールの躾がしっかりされていたからだったと思います。

 

私もそんなアルのことを幼い頭か本能的な部分か、どちらかはわかりませんが理解していたので、記憶もない頃からさいごまで、アルに泣かされたことはただの一度もありませんでした。

 

 

アルと私の大事件

 

ここまではアルの優しいところ、賢いところ、可愛いところを書いてきましたが、私の記憶の中で最も大きなアルに関わる事件のお話を書こうと思います。
まず前提として、アルは階段を下ることが大の苦手でした。

 

石段のようなものはいいのですが、段の間……
駅の階段でいうと広告が貼ってあったり、消費カロリーが書いてあるような、縦の部分が透けている、空いているような階段となると途端に下ることができませんでした。

 

震えてしまって、イヤイヤと上に留まってしまうのです。
それが、うちの庭から直接屋上ベランダへ続く階段だったのです。

 

ある日、私はアルをベランダへと意図せず誘導してしまいました。
何かを持っていたのか私からいい匂いでもしたのか、庭からベランダへ向かう私の後ろを、アルがひょこひょことついてきていました。

 

そう、アルは例の階段を上ってしまったのです。
振り返ったときにはもう遅い、アルと私は屋上ベランダにいました。

 

アルがそこを降りれないことを知っていた私は大慌てです。
両親に注意されていたことだったので、これはまずいと思い、顔を真っ青にしながらアルの首輪を引っ張り、

 

「お願いだから降りて、頑張って。」

 

と声を掛けます。
アルはやっぱり申し訳なさそうな顔をしながら、でも

 

「無理なものは無理です」

 

と言わんばかりの踏ん張り。
数分……

 

体感では数十分、そんな引っ張り合いをしていましたが事態は進展せず、私はついに泣き出します。
アルは相変わらずの様子で、誰か来てくれないかなと周りを見回していました。

 

今の私からすると、さっさと親に言って、家の中の階段を使えばいいのに……
と思いますが、当時の私というか、小学校低学年では親に怒られることが一番怖いものですから、そう思えなかったのも仕方ありませんね。

 

結局、庭に行ったはずの私が見えないことと、アルがいないことに気付いた母が私の泣き声を聞きつけてベランダにきてくれました。
怒るより先に、何をしてるんだという疑問が大きすぎたらしく、私はほとんど怒られず、アルは抱えられて家の中を通って庭へ戻されました。

 

こうしてまとめてみるとなんとも可愛いエピソードですよね。
やらかしたのは私なので、当時は微塵も笑えなかったのですが。

 

スペース3

 

家族として犬を迎えること

 

さて、記憶の中のアルを思い出しつつ書いてきましたが、いかがでしたでしょうか。
ドーベルマンは怖い犬というだけではないと思っていただけていたら嬉しいです。

 

もちろん、アルのようなドーベルマンは家庭育ちの、家庭向けの躾を受けた子というだけで、例えば敵対訓練を受けているドーベルマンとは全然違いますので、そのあたりはひとまとめに考えずにお願いしますね。

 

犬には犬種ごとの開発ルーツによるおおまかな性格のイメージがありますが、生き物である以上育ちやもとの性格による違いは犬の数だけあります。
アルは力強くも温厚で、家族に温もりを、私たちに笑顔も涙も含めて多くの思い出を与えてくれました。

 

特に大型犬を迎えることは覚悟もお金も必要になることですが、彼らはそれ以上のものを人間に与えてくれます。
今、犬と一緒に暮らしている人も、これから迎えたい人も、彼らの個性を受け入れ、さいごまで責任を持ちつつ、ぜひとも楽しんで彼らの一生に向き合ってください。

 

どうか、何があっても途中で切り捨てないでください。
そうできる覚悟と準備をもって、新しい家族をお迎えしましょう。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

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