我が家に来た一匹の家族

我が家に来た一匹の家族


 

第一章 新たな家族

 

(いってらっしゃい。)

 

母が心配そうに見守る中、玄関を飛び出す子供たち。

 

私が長男、妹が2人、年子で生まれた田舎の三兄弟は小学校へ元気よく出かけていきました。
私たちの地区では、周りが田んぼや山が多く、学校の数も少なかったため、徒歩40分以上かけて学校に通っていました。

 

 

経済的に裕福とは言えないような家庭でしたが、何不自由なく元気に過ごしていて毎日がとても幸せでした。

 

(にゃー、にゃー)

 

ある日学校の通学の帰り道、子猫が段ボールの中に捨てられ、助けを求めるよう苦しそうに鳴いていました。
おそらく生まれたときに飼いきれないため、飼い主が捨てていったのでしょう。

 

それを見つけた妹は、私に子猫を持って帰りたいと懇願してきました。
私も助けたい一心で、段ボール毎拾い上げ、家に持って帰りました。

 

当時小学生だった私は、捨て猫や野生の動物に対しての知識はもちろんなく

 

  1. ただかわいい
  2. 助けてあげたい
  3. 飼いたい

 

と単純な想いから連れて帰ったのですが、両親はあまりいい顔をしませんでした。
それもそのはず、やはり外にいる動物は多くの菌や病気を持っている可能性が高く、そのまま飼うにはリスクがあります。

 

実際にその子猫もかなり衰弱している様子でした。
しかし母は、子供を叱ることなくすぐに動物病院に子猫を連れて行きました。

 

病院だって無料ではなく、世話に時間もかかり、飼うのにもお金がかかります。
私はまだ小学生であり、飼うことの責任の重さを理解できませんでした。

 

その日は予防注射をうち、子猫を家で寝かせました。
しかし、すでに衰弱していた子猫は、後日息をひきとってしまいました。

 

私は助けられなかったことの悲しさに涙しました。
同時に捨てていった飼い主への怒りと、自分は絶対にそんなことはしたくないという強い想いが芽生えました。

 

そんな出来事から数か月、ふと父のパソコンを除いていると、ワンちゃんを飼ってくれないか。という募集記事をみました。
私は父に声をかけ、そのサイトを覗いてみました。

 

募集している方は北海道出身で、湖の近くで捨てられていた子犬を保護し育てたが、ひとり身であり仕事の都合から世話ができなくなるため飼ってくれる方を募集している、という記事でした。

 

私はふと、数か月前子猫を助けられなかったことを思い出し、同時にこの飼い主の方はとても優しい方だな、と感動を覚えました。
しかもネットの写真のワンちゃんは本当にかっこよく、正直一目惚れしました。

 

女性より先にワンちゃんに惚れてしまったのはどうかと思いますが・・・笑
私は父に飼いたいと強くお願いしました。

 

その夜、家族会議が行われました。
そこではもちろん子猫を救えなかった経験もあったからか。

 

  1. 命を背負う覚悟はあるのか
  2. 世話を嫌がらず最後までできるのか
  3. これから家のことを今以上お手伝いできるか

 

など親から多くの要求がありましたが、私は何があっても最後まで責任を持って飼いたいという想いがあり、すべての質問に首を縦に振りました。

 


 

後日、ネットで募集していた方と連絡をとり、空港まで迎えに行きました。
初め見た印象は、ネットの写真と一緒で【カッコいい】の一言につきます。

 

ワンちゃんはなれない環境に少し不安そうな表情を浮かべていましたが、その顔は凛々しく、そして愛くるしく、なんとも強そうなオスのワンちゃんでした。
一緒に住めるうれしさと、これから自分で世話をしていけるかという不安で、とても複雑な気持ちでした。

 

車で帰宅し、ワンちゃんを家に入れるとさっそく家族会議(命名)が行われました。
実は前飼い主は拾ったときにはすでに飼えなくなることがわかっていて、次の飼い主に命名してほしいという想いもあり名前が決まっていませんでした。

 

ポチ、ジョン、ライオン丸!
たくさんの案が飛び交いましたがいまいちピンとくる名前はでませんでした。

 

自分はそのワンちゃんには新しい土地にも馴染んでほしいですが、拾ってくれたやさしい飼い主さんと故郷(北海道)のことも忘れてほしくありませんでした。

 

(マシュウはどうかな。)

 

父の一言でみんなポカンとしていましたが、実はワンちゃんが拾われたのは北海道のマシュウ湖という場所で、故郷のことも意識して提案してくれたことを説明してくれました。
決まり!

 

今日から君はマシュウだ!

 

(ワン!)

 

こうして我が家に新しい家族ができました。
命名 マシュウ。

 

捨て犬だった彼はマシュウ湖で助けを待ち続け、やさしい飼い主に拾われ、私たちのもとに来てくれた、強くて凛々しいオスのワンちゃんです。

 

第二章 愛犬の存在

 

  1. お手
  2. お座り
  3. 伏せ
  4. 待て

 

簡単な動作はすぐにマスターするほど、マシュウはとても物覚えがよく、飼い主にとても忠実でした。
家族ももとから動物が好きだったためか、散歩も一人ではなく複数で一緒に行くことが多かったです。

 

私もいつもの小学校の帰り道には、早くマシュウに会いたくて通学がとても楽しくなりました。

 

(マシュウただいま!)

 

帰ったら必ず玄関で出迎えてくれる我が家の愛犬は、いつも私たちをうれしそうに出迎えてくれて本当に愛くるしかったです。
月日が流れ、私は社会人となり企業に勤めることなりました。

 

しかし社会人一年目には慣れない環境での慣れない作業、理不尽な対応等つらいことばかりで、毎日会社の重圧で眠れない夜を過ごしていました。
家族も心配していましたが、就職時に祝ってくれた親族に対して弱音をはきたくないという想いからか、なかなか相談できずストレスが溜まっていきました。

 

そんな中10年以上変わらない対応で出迎えてくれた我が家の愛犬には、たくさんの弱音をはきました。

 

(お前はいいよな。俺はな・・・)

 

ベランダを出て小屋の前に座りながら皮肉も交え不満を話しましたが、無言で横についてずっとだまって話を聞いてくれました。
田舎の夜はとても静かで自分の声だけがはっきりと聞こえてきます。

 

マシュウが理解しているとは思いませんが、不思議と自分の気持ちは楽になり、次の日もまた頑張ることができました。
今も現職で同じ職場で働いているのですが、あのときマシュウがいなければ自分は潰れていたか、別の職場に転職していたでしょう。

 

その時はじめて、マシュウという家族の存在の大きさに気づきました。
自分が子供のころ助けたつもりでいたワンちゃんに、今は助けられていることに気づいたのです。

 

(マシュウありがとう!)

 

立ち上がり家に入る私を、いつもと変わらない凛々しい顔で見送るマシュウを見て、また明日への活力が湧きあがりました。

 

 

第三章 ありがとう

 

社会人3年目となり私は職場から他県への転勤を命じられました。
実家から離れるのはさみしかったのですが自分の成長のために、転勤先でも頑張る決意をして家をでました。

 

(行ってくるな!マシュウ!)

 

そのころの我が家の愛犬も年をとり、昔のような元気はありませんでしたが快く送り出してくれました。
それから一人暮らし生活が始まりましたが、もともと定期的に家事を手伝っていたためか辛さはなくとても楽しかったです。

 

転勤先の職場環境や人間関係も非常によく、日々充実した毎日を過ごしていました。
そして、転勤後初めての長期連休。

 

実家に帰省し久しぶりに愛犬を愛でることができる喜びと、家族に会える喜びでわくわくして家に帰りました。

 

(ただいま!)

 

快く迎え入れてくれた家族でしたが、そのころのマシュウは?せ細り、歩けない状態でした。
その夜久しぶりに家族全員がそろったため、室外飼いであったマシュウを家の中に入れ一緒に過ごしました。

 


 

マシュウをやわらかい毛布の上にのせ、隣で横になりゆっくりと目を閉じました。

 

(おやすみマシュウ)

 

・・・

 

(ちゅんちゅん)

 

朝日が窓から入りこみゆっくりと起き上がりました。

 

(マシュウおはよう)

 

・・・返事がありません。

 

(?)

 

異変に気付き妹たちも起床し話しかけます。

 

(マシュウ?)

 

もう長くはないと覚悟はしていましたが涙がこぼれてきます。
妹達もそれ以上話しかけることはなく声をあげて泣き始めました。

 

さまざまな思い出や後悔がよみがえってきます。

 

  1. もっと遊んであげればよかった
  2. もっと愛してあげればよかった
  3. もっと一緒にいたかった

 

小さいころから一緒に過ごしてきた一匹の大切な家族、マシュウは静かに息をひきとりました。
しかしその顔は本当に幸せそうでした。

 

まるで家族全員が揃うの待っていたかのように私が帰ってきた当日、静かに眠りにつくとそのまま目を覚ますことはありませんでした。
私たちはマシュウと過ごすことができ本当に幸せでした。

 

どんな日でも私たちの帰りを喜び、つらい時には一緒に寄り添い、いつも心の支えになってくれました。
マシュウの存在が私たち家族にたくさんの笑顔を届けてくれました。

 

本当に感謝しています。
今まで、ありがとう。

 

ご購読ありがとうございました。

 

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