愛犬ナナと迎えた優しい最期

愛犬との別れ、その10

愛犬ナナと迎えた優しい最期

 

スペース1

 

犬の寿命は人間の半分以下で、2歳までには成犬に、6歳になる頃にはシニア犬と呼ばれます。
犬は人生の毎日を大好きな飼い主と一緒に全力で生きています。

 

当時小学生の私と出会ったのは、そんな大好きな飼い主から成犬になってすぐに捨てられたラブラドールレトリバーのナナでした。

 

 

【体が大きくなって捨てられたナナ】

 

大型犬が成犬になるのは大体一年半で、ナナはちょうど当時一歳半でした。
ラブラドールは成長すると体が大きくなります。

 

仔犬のナナを飼い始めた家族は大型犬が飼える環境には住んでなかったそうで、1年が過ぎて体が大きくなっていくナナを持て余してしまい、とうとう保護施設に預けてしまいました。
そんな時、たまたま遠出していた動物好きの私の両親が、飼い主募集の張り紙を見て

 

「どんな子か見てみたい」

 

と、好奇心で会いに行きました。
会いに行ってみるとすぐにそのラブラドールの女の子は私の母に尻尾を振って飛びついたそうです。

 

母は、大きな体で尻尾を振るその姿を見て

 

「この子今すぐ連れて帰ります」

 

と言い出して父とお店の人をびっくりさせ、ケージやフード等必需品を揃えて本当に連れて帰ってきました。
家で待っていた私は帰ってきた両親とそのすぐ隣にいる大きな犬に驚きましたが、すぐに嬉しくなり喜んで家族に迎えました。

 

【双子のような関係】

 

大体の犬は集団生活をすると1人1人にランク付けをします。
私の家族の場合は、父と母が一番上で私のランクが一番下でした。

 

私の靴を選んで齧って遊んでいたり、叱っても平気な顔をしていたりと完全に下に見られていました。
しかし、それも私とナナが成長していくにつれてどんどん関係が変わっていき、私が高校生になる頃には私の言う事も聞くようになって、私との散歩を一番楽しみにしてくれているようでした。

 

悲しい時に抱きしめて、嬉しい時にも抱きしめて、どんな時も一番の相談相手だったナナは私にとって友達のような、姉とも妹とも違う、双子のような存在でした。
ナナもきっとそんな風に感じてくれていると心から思っていました。

 

スペース2

 

【離れ離れに】

 

田舎暮らしだった私は大学進学を機に、実家から車で3時間かかる都会で一人暮らしを始めました。
春休みや夏休みなどの長期休暇だけは実家に帰り、ナナも私が帰ってきたことがわかると大きな声で吠えて尻尾を振って飛びついてきてくれました。

 

その時もう既にナナは10歳を超えており、お散歩に行く距離は少し減ったけどご飯もいっぱい食べて、まだまだ元気でした。
それから1年程経ち、私は大学近くの飲食店でバイトを始め、長期休暇もなかなか帰れなくなってしまいました。

 

【急変】

 

その時は突然やってきました。
母から

 

「ナナの様子がおかしい、食欲もなく、生理でもないのに出血が止まらない」

 

と連絡が入りました。
前日まではご飯も食べており元気に走り回っていて、なんの前兆もありませんでした。

 

両親は急いで病院に連れて行きましたが、獣医さんからは

 

「手術が必要だが高齢の為、体力が持つかわからない」

 

と言われました。
その時、病名は詳しくはわからなかったのですが、後日調べた結果

 

『子宮蓄膿症』

 

という病気でした。
子宮に膿が溜まる病気で、高齢になればなるほど発症リスクが高くなり手術をしなければ死に至る病気でした。

 

 

避妊をしていれば防げる病気でしたが、ナナは避妊をしておらず出産もしたことがありませんでした。
当時のナナの年齢は15歳、犬にとって15歳は平均寿命以上です。

 

獣医さんが言った通り、そんな高齢なナナにとって手術はとてもリスクが大きいものでした。
母は

 

「手術を受けて死んでしまう、苦しめてしまう可能性があるなら、ちゃんと残された時間を家で家族と一緒に過ごしたい」

 

と言って手術を断り、ナナを自宅に連れて帰って来ました。
私も母から連絡を受けて、バイト先にも

 

「家族の危篤」

 

と言って急遽お休みを貰い、大学も休んですぐに実家に帰省しました。

 

【愛犬の最期の夜】

 

実家に帰宅した私を見てナナは、いつものように尻尾を振って喜んでくれました。
しかし、その姿は以前の元気だった頃とは全く違いました。

 

真っすぐ歩くことも出来ず、自分のケージに戻ることも出来ない、食欲もなく出血を繰り返している為体温が低く、マットの上で丸くなって酷く体を震わせていました。
食事も根気強く与えましたが、全く口を開けようとしません。

 

私はその日、夜遅くまでナナの傍にいて声をかけ続けていました。
体を震わせ寒そうにしているナナを見かねた私は、自分の部屋のタンスに入っていた幼少期の頃の服をありったけ持って行きました。

 

体を覆うように、私の小学生の頃や中学生の頃の洋服をナナに被せていくと、まるで覚えていたかのようにナナの表情が急に明るくなり、体は動かないけれど尻尾を振ってその洋服の匂いを一生懸命嗅いでいました。

 

体の震えも直に収まり、安心したように眠りについたナナを見て私も嬉しくなり

 

「おやすみ」

 

と告げて私は自分の部屋に戻ったのです。

 

【別れの時】

 

翌日の朝、一緒に暮らしていた義姉が部屋に入ってきて眠っていた私を思いっきり揺すりました。

 

「今すぐ起きろ、今起きないと後悔するぞ」

 

と義姉は大きな声で私を起こして、私もそれを聞いてすぐに飛び起きました。
階段を下りて昨夜ナナのいた場所に向かうと、そこには苦しそうに呼吸をするナナと泣きながら頭を撫でている母がいました。

 

ナナは何度も呼吸が止まり、そしてまた息を吹き返す、それを繰り返して一生懸命に生きよう生きようとしていました。
母はその姿を見かねて

 

「もういいよ、辛いよね、もういいんだよ」

 

と言って頭を撫で続けていました。
私はどうしたらいいのかわからず、ナナの傍で呆然と立ち尽くしていました。

 

そして、ナナはそのまま呼吸を止めて、私の洋服に包まれて息を引き取りました。

 

「お別れだよ」

 

と母に言われた瞬間、立ち尽くしていた足が急に動いて、亡くなってようやくナナの体を思いっきり抱きしめて大声で泣きだしました。
ナナの体はまだ暖かく、実はまだ生きていて、心臓の音がするんじゃないかとずっと胸に耳を当てて、そのまま1時間程過ごしました。

 

心臓の音はしなくて、体もなんだかどんどん固くなっていって、冷たくなっていって、そこでようやく

 

「ああ、もう起きてくれないんだな」

 

と思いました。
ナナが息を引き取ったのは私が実家に帰省して翌日の事で、あの日までナナは私を待っていてくれたのだろうか、と今でも思います。

 

スペース3

 

【愛犬と迎える最期について】

 

愛犬の最期を迎えた時に

 

「生きている間に、もっとこうしてあげればよかった」

 

なんて後悔がたくさん浮かんできます。
母も後日

 

「あの時手術していれば、もしかしたら成功して元気になっていたかもしれない」

 

と呟きました。
愛犬を亡くすと言う事は、どうしても後悔や喪失感を感じて落ち込んでしまいますよね。

 

しかし、後悔をしても

 

「実行していた場合はどうなったか」

 

なんて答えは返って来きません。
手術をしたら成功したかもしれないけれど、失敗だってしたかもしれないのです。

 

愛犬をしっかり愛していた人は、後悔している時間よりも愛犬と幸せに過ごしていた時間の方がたくさんある筈です。
後悔や喪失感を乗り越えた先は、

 

「あの子に出会えて私は幸せだった」
「これだけの楽しい思い出が残っている」

 

と最後には思ってほしいです。
愛犬を亡くしてそんなポジティブに考えられない、と思うなら、一緒に過ごした時の写真やアルバム等があれば、自然と思い出が蘇ってきて

 

「この時にはこんな事があったな」
「楽しかったな」

 

と思えるでしょう。
私は愛犬から優しい記憶や気持ちをたくさんもらいました。

 

犬の寿命は短く、犬にとってはその日、その時だけが全てです。
過去の思い出はあっても未来の事は考えていません。

 

もし今、愛犬が傍にいる方にこの記事を読んで頂けているなら、どうか愛犬の最期を恐れず、今という時間を幸せに過ごしてください。

 

ご購読ありがとうございました。

 

 

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