愛犬ナナと迎えた優しい最期|ラブラドールレトリバーと過ごした15年間と子宮蓄膿症との別れ
犬の寿命は人間の半分以下で、2歳までには成犬に、6歳になる頃にはシニア犬と呼ばれます。犬は毎日を大好きな飼い主と一緒に全力で生きています。当時小学生の私と出会ったのは、そんな大好きな飼い主から成犬になってすぐに捨てられたラブラドールレトリバーのナナでした。

体が大きくなって捨てられたナナ
大型犬が成犬になるのは大体1年半で、ナナはちょうど当時1歳半でした。ラブラドールレトリバーは成長すると体が大きくなります。子犬のナナを迎え入れた家族は大型犬が飼える環境には住んでいなかったそうで、1年が過ぎて体が大きくなっていくナナを持て余してしまい、とうとう保護施設に預けてしまいました。
そんな時、たまたま遠出していた動物好きの私の両親が飼い主募集の張り紙を見て「どんな子か見てみたい」と好奇心で会いに行きました。会いに行ってみるとすぐにそのラブラドールレトリバーのメスは私の母に尻尾を振って飛びついたそうです。母は大きな体で尻尾を振るその姿を見て「この子今すぐ連れて帰ります」と言い出して父とお店の方をびっくりさせ、ケージやフード等の必需品を揃えて本当に連れて帰ってきました。家で待っていた私は帰ってきた両親とそのすぐ隣にいる大きな愛犬に驚きましたが、すぐに嬉しくなり喜んで家族に迎えました。
双子のような関係
大体の犬は集団生活をすると1人1人にランク付けをします。私の家族の場合は、父と母が一番上で私のランクが一番下でした。私の靴を選んで齧って遊んでいたり、叱っても平気な顔をしていたりと完全に下に見られていました。しかしそれも私とナナが成長していくにつれてどんどん関係が変わっていき、私が高校生になる頃には私の言うことも聞くようになって、私との散歩を一番楽しみにしてくれているようでした。
悲しい時に抱きしめて、嬉しい時にも抱きしめて、どんな時も一番の相談相手だったナナは私にとって友達のような、姉とも妹とも違う、双子のような存在でした。ナナもきっとそんな風に感じてくれていると心から思っていました。
離れ離れに
田舎暮らしだった私は大学進学を機に、実家から車で3時間かかる都会で一人暮らしを始めました。春休みや夏休みなどの長期休暇だけは実家に帰り、ナナも私が帰ってきたことがわかると大きな声で吠えて尻尾を振って飛びついてきてくれました。その時すでにナナは10歳を超えており、散歩に行く距離は少し減ったもののフードもいっぱい食べて、まだまだ元気でした。それから1年ほど経ち、私は大学近くの飲食店でアルバイトを始め、長期休暇もなかなか帰れなくなってしまいました。
急変・子宮蓄膿症
その時は突然やってきました。母から「ナナの様子がおかしい、食欲もなく、生理でもないのに出血が止まらない」と連絡が入りました。前日まではフードも食べており元気に走り回っていて、何の前兆もありませんでした。両親は急いで病院に連れて行きましたが、獣医師からは「手術が必要だが高齢のため、体力が持つかわからない」と言われました。
その時は病名が詳しくはわかりませんでしたが、後日調べた結果「子宮蓄膿症」という病気でした。
子宮蓄膿症とは
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 病気の内容 | 子宮に膿が溜まる病気。放置すると死に至る |
| リスク | 高齢になればなるほど発症リスクが高まる |
| 予防方法 | 避妊手術で防ぐことができる(ナナは避妊・出産経験なし) |

当時のナナの年齢は15歳。犬にとって15歳は平均寿命以上です。獣医師が言った通り、そんな高齢のナナにとって手術はとてもリスクの大きいものでした。母は「手術を受けて死んでしまう、苦しめてしまう可能性があるなら、ちゃんと残された時間を家で家族と一緒に過ごしたい」と言って手術を断り、ナナを自宅に連れて帰ってきました。私もすぐに実家に帰省しました。
愛犬の最期の夜
実家に帰宅した私を見てナナは、いつものように尻尾を振って喜んでくれました。しかしその姿は以前の元気だった頃とは全く違いました。真っすぐ歩くことも出来ず、自分のケージに戻ることも出来ない、食欲もなく出血を繰り返しているため体温が低く、マットの上で丸くなって体を酷く震わせていました。フードも根気強く与えましたが、全く口を開けようとしません。
私はその日夜遅くまでナナのそばにいて声をかけ続けていました。体を震わせ寒そうにしているナナを見かねた私は、自分の部屋のタンスに入っていた幼少期の服をありったけ持って行きました。体を覆うように私の小学生の頃や中学生の頃の洋服をナナに被せていくと、まるで覚えていたかのようにナナの表情が急に明るくなり、体は動かないけれど尻尾を振ってその洋服の匂いを一生懸命嗅いでいました。体の震えもじきに収まり、安心したように眠りについたナナを見て私も嬉しくなり「おやすみ」と告げて自分の部屋に戻りました。
別れの時
翌日の朝、一緒に暮らしていた義姉が部屋に入ってきて眠っていた私を思いっきり揺すりました。「今すぐ起きろ、今起きないと後悔するぞ」という義姉の大きな声で私はすぐに飛び起きました。階段を下りて昨夜ナナのいた場所に向かうと、そこには苦しそうに呼吸をするナナと泣きながら頭を撫でている母がいました。
ナナは何度も呼吸が止まり、そしてまた息を吹き返す、それを繰り返して一生懸命に生きようとしていました。母はその姿を見かねて「もういいよ、辛いよね、もういいんだよ」と言って頭を撫で続けていました。私はどうしたらよいのかわからず、ナナのそばで呆然と立ち尽くしていました。そして、ナナはそのまま呼吸を止めて、私の洋服に包まれて息を引き取りました。
「お別れだよ」と母に言われた瞬間、立ち尽くしていた足が急に動いて、旅立ってようやくナナの体を思いっきり抱きしめて大声で泣き出しました。ナナの体はまだ暖かく、実はまだ生きていて心臓の音がするんじゃないかとずっと胸に耳を当てて、そのまま1時間ほど過ごしました。心臓の音はしなくて、体もなんだかどんどん固くなっていって冷たくなっていって、そこでようやく「ああ、もう起きてくれないんだな」と思いました。ナナが息を引き取ったのは私が実家に帰省して翌日のことで、あの日までナナは私を待っていてくれたのだろうか、と今でも思います。
愛犬と迎える最期について
愛犬の最期を迎えた時に「生きている間に、もっとこうしてあげればよかった」なんて後悔がたくさん浮かんできます。母も後日「あの時手術していれば、もしかしたら成功して元気になっていたかもしれない」と呟きました。愛犬を亡くすということは、どうしても後悔や喪失感を感じて落ち込んでしまいますよね。しかし、後悔をしても「実行していた場合はどうなったか」という答えは返ってきません。手術をしたら成功したかもしれないけれど、失敗だってしたかもしれないのです。
愛犬を亡くした後悔と向き合うために
愛犬をしっかり愛していた人は、後悔している時間よりも愛犬と幸せに過ごしていた時間の方がたくさんあるはずです。後悔や喪失感を乗り越えた先に、「あの子に出会えて私は幸せだった」「これだけの楽しい思い出が残っている」と最後には思ってもらえたら嬉しいです。一緒に過ごした時の写真やアルバムを見返せば自然と思い出が蘇り、「この時にはこんなことがあったな」「楽しかったな」と思えるでしょう。
犬の寿命は短く、犬にとってはその日その時だけが全てです。もし今、愛犬がそばにいる方がこの記事を読んでくださっているなら、どうか愛犬の最期を恐れず、今という時間を幸せに過ごしてください。
ご覧いただきありがとうございました。